堂上直倫の守備・打撃の評価や成績は?プロフィールや中学・高校など経歴のまとめ

 

毎度!ライヒーです。

 

昨年は打撃フォーム改造でバッティング成績が向上した堂上直倫選手!

 

 

高校では超高校級と期待されながらもプロに入ってからは守備の人として活躍しています。

 

「ドラゴンズの顔」でイケメンとしても人気の選手ですよね♪

 

そこで今回この記事では、堂上直倫選手のプロフィール、中学・高校時代の経歴、プロでの成績、守備・打撃の評価について調査してきたのでよかったら参考にして下さいね♪

 

ではさっそく、堂上直倫選手のプロフィールを確認していきましょう!

 

 

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堂上直倫の守備・打撃の評価や成績は?プロフィールや中学・高校など経歴のまとめ

堂上直倫のプロフィール

 

  • 名前:堂上直倫(どのうえなおみち)
  • 生年月日:1988年9月23日
  • 身長・体重:184cm・86kg
  • 出身地:愛知県
  • プロ入り:2006年ドラフト1位指名・2007年入団・プロ12年目
  • 経歴:山王小-知多中-愛工大名電高
  • ポジション:内野手
  • 投打:右投右打
  • 背番号:63
  • 血液型:O型

 

堂上直倫の中学・高校時代の経歴!高校通算本塁打も

野球を始めたのは小学生で「名古屋北リトル」で投手や遊撃手、そして、中学生時代では「名古屋北シニア」で遊撃手としてプレーしていました。

 

また、2003年にナゴヤドームで行われた中日ドラゴンズのファン感謝デー内のイベントでドラゴンズ選手と対決するイベントがあり「リトルシニア東海選抜」の4番・遊撃手として出場していた堂上選手は投手を務めた福留孝介選手からレフトスタンドへホームランを放ち、その当時から周囲から一目置かれる活躍をしていました。

 

きっとプロ野球選手になったらすごいホームランバッターになるんじゃないかって期待されたんでしょうね(笑)

 

 

高校は地元・愛知の強豪校 愛工大名電高校へ進学し、主に三塁や遊撃を守っており1年生からレギュラーとして活躍。

 

2年生春に出場した選抜では4番として2本塁打の活躍をし、チームの選抜優勝に大きく貢献しています。

 

ナゴヤドームで行われた2年生夏の愛知県大会決勝でホームランを放ち甲子園出場し、その年の9月に韓国で行われたAAAアジア野球選手権に日本代表の一員に選ばれ、チームは優勝!

 

自身は大会中、2本の本塁打を放ち最多本塁打のタイトルを獲得しています。

 

3年生夏の愛知県大会中は実力を恐れられ10四球と勝負を避けられる場面は多かったですが、打率5割を記録し甲子園出場の原動力となる活躍をし、高校在籍中には甲子園には春・夏あわせてなんと3回も出場しました。!

 

甲子園での通算打率は.480を記録しており、高校通算55本塁打を放ち超高校級スラッガーとしてその名は全国的に有名でした。

 

プロ入り後も球団が2017年~2019年に行っている「イケメンコンテスト」では毎年上位にランクインしており、2019年にはイケメン神7を選ぶ投票の結果では堂々1位を獲得ぐらい!

 

ちなみにそのイケメンさから高校時代からも「尾張のプリンス」と呼ばれていました。

 

 

地元・愛知県だけでなく甲子園での活躍で全国的にも有名であった堂上直倫選手。

 

元・中日ドラゴンズの投手で引退後は選手寮・昇竜館の館長も務めたプロ野球選手堂上照さんの息子として、また3つ上の兄は中日ドラゴンズ・読売巨人軍でもプレーをした堂上剛裕選手であり、プロ野球選手一家の一人として育ってきました。

 

 

プロ入りの際にはドラフト会議で巨人・阪神・中日とセ・リーグでも人気、実力ともに知名度の高かった球団に指名され、3球団競合の上、地元・中日ドラゴンズへドラフト1位指名で入団しています。

 

父・兄と同じチームへ入団することとなり、親子3人がプロ野球選手でかつ同じ球団に所属することはプロ野球史上初でした。

 

堂上直倫のプロでの成績

 

プロ入り時は背番号「24」をつけていた堂上選手ですが1年目の2007年は主に二軍戦に出場

 

出場試合の約8割を4番・三塁手で出場しており、打率は低かったのですが、本塁打はチーム3位、打点はチーム2位の成績を残していました。

 

その年のオフ、福留孝介選手がメジャーリーグへ移籍し、入団当初からファンからも球団からも大きな期待を寄せられこともあり、背番号「1」をつけることが決まりました。

 

 

2008年も開幕は二軍でしたが、北京オリンピック出場のため荒木選手、森野選手が抜けたため、8月3日対巨人戦(ナゴヤドーム)で初めて一軍登録され、8回裏一死二塁の場面に代打でプロ初出場を果たしましたが空振り三振という結果でした。

 

その後、3試合に出場しましたが打席はプロ初出場時の1打席のみで残り2試合は主に三塁の守備で途中出場しています。

 

2009年3月1日対日ハム戦(名護)のオープン戦では8回表に初ホームランとなる2ランホームランを放ち、この回先頭の打席では兄の堂上剛裕選手もソロホームランを放ち、兄弟で同一イニングにホームランを放ったのは史上初の快挙でした。

 

ですが、2009年シーズンの一軍出場はわずか2試合で1打席無安打という成績…

 

2010年はレギュラーとして出場していた井端選手が故障、離脱しその代役として白羽の矢が立ち6月16日対日ハム戦(ナゴヤドーム)で一軍昇格すると、7番セカンドでプロ初スタメン出場を果たし、6月18日対巨人戦(東京ドーム)で8回表にセンター前へプロ初安打を放っています。

 

その後、6月19日対巨人戦(東京ドーム)で1回表2アウト満塁のチャンスでライトへタイムリーを放ちプロ初打点!

 

プロ初ホームランは6月27日対広島戦(ナゴヤドーム)で、6月22日対横浜戦(浜松)では7回に代打で兄・剛裕選手が出場、弟・直倫選手はその日スタメン出場しており、剛裕選手の後に打席が回り、兄弟で同時出場を果たしています。

 

これは中日ドラゴンズでは仁村兄弟以来20年ぶりの出来事でした。

 

 

7月10日対巨人戦(ナゴヤドーム)で先制タイムリー三塁打を放ち、プロ初お立ち台も経験しました。

 

7月21日対横浜戦(ナゴヤドーム)では6番ライト剛裕選手、8番セカンド直倫選手で兄弟スタメン出場も果たしましています。

 

8月6日対阪神(ナゴヤドーム)ではそろって活躍をし、兄弟でお立ち台にも上がりました。

 

この年は82試合に出場し、打率.263 68安打5HR30打点という成績で井端選手の穴を埋める活躍をしていました。

 

2011年は前年の経験からキャンプからレギュラー獲得を目指しアピールを続けていましたが、春季キャンプ中の練習試合で三塁の守備の際に右鎖骨に打球を受け骨折が疑われ戦線離脱。

 

最終的には62試合に出場、打率.209 24安打2HR10打点と前年を下回る成績でした。

 

2012年はプロ入り初めて開幕一軍入りを果たし、116試合に出場!

 

2013年は74試合に出場、2年ぶりにホームランも放っています。

 

2014年は90試合に出場しましたが、その年のオフに背番号が変更となり、戦力外通告を受け巨人へ移籍した兄・剛裕選手がつけていた背番号「63」を翌年からつけることになりました。

 

2015年は打撃の不調もあり、43試合に出場しましたが、主に守備固めとしての出場が中心…

 

なんと打率も過去最低の.158でした。

 

 

2016年は遊撃のレギュラーとして定着し、116安打6HR46打点を挙げ打率は.245でプロ10年目で初めて規定打席に到達!

 

2017年はルーキー京田選手に出場機会を奪われ、主に三塁や守備固めでの出場が多いシーズンとなってしまったが、91試合に出場し守備の面では大きな信頼を得ています。

 

ただし、9月8日対広島戦(ナゴヤドーム)で5回裏に代打で出場し空振り三振した際に左手有鉤骨を骨折してしまい、そのままシーズンを離脱…

 

 

2018年も91試合に出場し、開幕一軍入り後シーズン一度も二軍落ちすることはなく、主に代打や守備固めとして出場が多くチームのスーパーサブ的な立ち位置で活躍しています。

 

 

4月19日には国内FA権を獲得しましたが「それだけ一軍にいられたというのは嬉しいが、何も成し遂げていないので歯がゆい。(今は)やるべきことをやるだけ」とコメントし、その年のオフに行使することはありませんでした。

 

 

2019年は前年のオフから取り組んでいた打撃フォーム改造によりかつての三冠王・落合博満さんのような神主打法にしたところ、打撃成績が好調。

 

春季キャンプ中の練習試合やオープン戦で結果を残し、3月29日対DeNA戦(横浜スタジアム)でプロ入り初めて開幕スタメン出場を果たしています。

 

 

最終的には98試合に出場、遊撃や二塁でスタメン出場する機会がシーズン序盤は多く、夏ごろには怪我で一時離脱していた高橋周平選手に代わってサードで出場することもありました。

 

打撃面では長打力が伸び、勝負強くもなり自身初の二桁ホームランでキャリアハイとなる12本のホームランを記録!

 

特に神宮球場では今季6ホームランを放っており、また高梨投手とは放った4安打中すべてがホームランという好相性でした。

 

オフに入ると以前より不安視していた右肘の遊離軟骨除去手術も受け現在はリハビリ中、術後の経過は順調で、来季の春季キャンプには間に合う見込みでトレーニングを続けています。

 

堂上直倫の守備・打撃の評価

 

プロ入りから数年間はその当時中日ドラゴンズの内野スタメン、特に二遊間は荒木選手・井端選手のアライバコンビ、三塁は森野選手が守っており、なかなか出場機会に恵まれませんでした。

 

超高校級スラッガーとして有名だった堂上選手はプロ入り当初は打撃に期待されていました。

 

しかし、二軍戦に出場している間に当時の二軍首脳陣から徹底的に守備を鍛え上げられ、いまとなっては内野であればどのポジションも守れる、かつ堅実な守備を魅せる「守備職人」でありチームからも絶大な信頼を得ています。

 

過去には選手会の副会長などを務め、「自分が彼女にしたい選手」としてチームメイトからも人気があるほど、絶大な信頼を得ています。

 

海外FA権を獲得した2019年、去就が心配されていた部分もありましたが、2018年オフより3年契約を結んでいたことが発表されました。

 

球団からは「ドラゴンズの顔」でもあると言われ、高い守備力と今季キャリアハイの成績を残したバッティングのパンチ力に期待を込め複数年契約を結んだようです。

 

本人も「生涯中日でプレーすることがベスト」と考えており、プロ入りの際は入団会見で「中日ドラゴンズを代表するプレーヤーになりたいと思います」とコメントしていましたが、球団からもドラゴンズを代表する選手の一人と評価されています。

 

 

プロ入り前から注目されていた堂上選手ですが、決して自身を過大評価することはなく、いたって冷静。

 

また本人は周りに見せつけることなく、隠れて早くに球場入りして黙々と練習を重ねるなど努力を絶やさない選手です。

 

これまで打撃フォームに悩み、いろんな形を試してきていました。

 

時にはスタンスを広くしがに股のようなフォームにしたり、ドアスイングなので打てないなど様々な意見や評価があり、自身も自分に合い結果を求めてフォームを模索していました。

 

人も良く、チームメイトからの信頼もとても厚く、イケメン選手の一人として多くのファンがいる堂上選手。

 

堅実な守備と神主打法で開花した高校時代のようなスラッガーを彷彿とさせる活躍を来季もしていただけたら、チームにとってとても頼もしい存在となるのではないかと思っています。

 

まとめ

堂上直倫選手についてプロフィール、中学・高校時代の経歴、プロでの成績、守備・打撃の評価をご紹介させていただきました。

 

高校通算55本塁打を放ち超高校級スラッガーと期待されながら、守備固めで出場することが多かったですが、バッティングでようやく昨年開花し、今シーズンはさらなるバッティング成績がアップ期待しています。

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。

んじゃまた!

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